「プレーンな町家」というタイトルで紹介していた物件が工房へと生まれ変わりました。

近所の人も「元はどんなのだっけ?」と聞いてしまうほど見事に生まれ変わりました!
本物件のオーナー涌田さんから物件掲載のご依頼を受けたのは今から1年ほど前のこと。特徴的な物件だったので何かに変わりそうな予感はありましたが、これほどまでに変わるとは、正直なところ想像がつきませんでした。
新しく名づけられた名前は「金澤町家職人工房」。ケースとして珍しいのは、利用する作家さんが直接借りたのではなく、インキュベーション施設として金沢市が借りたこと。若手工芸作家を対象にした貸し工房としてレンタルされていくのですが、町家をこうした形で活用していくのは全国でも例が無いのだそうです。

改めて見比べるとすごいですね。こちらは募集当時の味がにじみ出た姿。
この物件に出会ったきっかけは以前のコラムでも紹介した「町家巡遊」というイベントの中でオーナーの涌田さんと出会ったことでした。「古い建物があるのですが、見ていただけますか?」と連れていって下さったのがこの物件。縫製工場として使われていたこともあり、余計なものが無く、生活感も無いがらんとした内部が特徴的でした。よくよく調べると江戸末期に建てられた古い歴史もある。住空間よりもアトリエやオフィスになると面白そうな予感がして、このままの状態で、その代わり改装OKという条件で募集を開始し始めました。
募集当時の紹介はこちら 「プレーンな町家」
不動産に関わらず、物事が動く時は突然訪れるものです。募集直後から反応があり週にご案内は数組のペース。ただ、改修費を考えると断念する方もいて、少し難航しそうな気がし始めた2ヵ月後のある日にかかってきた一本の電話から、事が動き始めました。
その電話は金沢市のものづくり政策課の担当の方からで、伝統工芸の後継者育成を目的に、町家を改修して金沢で活動している若手作家に工房としてレンタルしたい、その候補物件を探しているのでこの物件を内見したい、という内容の電話でした。

元縫製工場として使われていた内部。何にも無いがらんどうさが特徴的でした。

当時から工房としての素質は十分。ただ、今の姿まで変わるとは想像できませんでした。
元々工場として使われていた経緯と、当時のがらんとした空間はやっぱり工房に向いていたのかもしれません。金沢には多様な伝統工芸の形があって、貸し工房とするには、なるべく様々な形に対応できるシンプルな空間がよいはず。個人の作家さんでも持て余すことが無い、こぢんまりとした大きさも今回のプロジェクトにぴったりはまるようで、何度かの現場確認を繰り返し、思いのほかスムーズにこの物件が候補として進められることが決定しました。その報告を都内に住む涌田さんにした時の「嬉しいですねえ!」という、電話越しでもはっきりわかる嬉しそうな声が今も印象に残っています。
改修を手がけたのは、東山エリアを中心に多くの町家改修に携っている林設計の林さんと奥村設計の奥村さん。そこからはとんとん拍子に進んでいくかと思われましたが、そこは江戸末期からある建物。目視で大丈夫そうに見えていた箇所も詳しく調べていくと想像以上に痛んでいたり、予算、プランの練り直しが何度も繰り返し行われました。

やってみないと分からないことが多い古い建物の改修。入念な工事で仕上がっていきました。

明治時代の間取りと現在の図面。当時の写真も残っていたことに驚きました。
改修と同時に、利用者の公募が市のHPを通して行われていきました。最初の利用者として選ばれたのは金工作家の秋友美穂さん(名古屋市出身。金沢美術工芸大学美術工芸研究科彫金コースを卒業後、卯辰山工芸工房を修了し以後金沢を拠点に活動)。

秋友さんの作品は純銀の白くて柔らかい質感。中には金平糖をモチーフにしたものも。
年明けには涌田さん家族や入居者の秋友さんを始め、関係者の皆さんで完成祝いも兼ねて新年会をすることになりました。長い間空いていた建物に明かりが灯って、改修した際の苦労話や建物の思い出、そしてこれから利用していく秋友さんの思い、いろんな話をしながら時間が過ぎていきます。

明かりが灯った夕暮れ時も素敵です。改修の仕方に興味深々のオーナーさん。
見ていて微笑ましかったのは、涌田さんのおばあちゃんと秋友さんの祖母・孫のような関係。「大家といえば親同然、店子といえば子も同然」。たぶん、この町家が建てられた当時はそういう関係が今よりもずっと濃く残っていたんでしょう。こうしたハッピーな関係が、きっと建物や地域を生き生きさせていくのだと思います。

完成祝いも兼ねて新年会。大家と店子のハッピーな関係がなんとも微笑ましい(右上)。

完成見学会には市長も訪れ、地元メディアや沢山の人で建物に入りきれない程でした。

後日お邪魔すると、近所の方がたくさん訪れてました。馴染んでいくことが楽しそうな秋友さん。
後日工房にお邪魔すると、子供を連れた近所の方と話す秋友さんの姿がありました。ご近所さんからすると、あまりにも馴染みがありすぎて逆に元の姿を思い出せないのだとか。それでも、以前より生き生きとした建物にはやっぱり惹かれるものがあって中も気になる様子。そんな来客を迎えながら製作していけることが秋友さんはとても嬉しそうでした。
工房から出てしばらく歩くと、(改修前から出入りしていたのでお店の人と勘違いしてか)近所の方が「昔はこのあたりももっと手仕事の工房があったのよ。今は少なくなって空家ばっかりになってたから、工房ができて嬉しいわ」と話かけてくれました。その頃は、とんとん、カンカンと間近でものが作られる小気味よい音が響いていたのだとか。

これからが楽しみなこのエリア。お近くに寄られたら是非お越し下さい。
昔から、もののパワーはすごいですからね。秋友さんを初めとして、この建物でいろんな作家さんがものを作って、その音が小気味よく町に響いていくとすると、今とはまた違った街並みに変わっていくかもしれません。
■金澤町家職人工房「東山」
住所:金沢市東山2-1-21
電話:076-252-5101
営業時間:10:00〜17:00
定休日:水・木
P:無し(近隣コインパーキングをご利用下さい)