2024.5.13 |
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新しい「別荘の持ち方」としての「宿業」
金沢市主計町に2023年9月にオープンした町家ホテル「空知」 。運営者は東京R不動産・室田啓介さんと、金沢R不動産/ENN・代表の小津誠一、そして音楽プロデューサーNさんの3名からなる「Hertz(ヘルツ)合同会社」です。今回は、代表である室田さんへのインタビュー。
「別荘の持ち方のアップデート」としての、また自身の活動の根底にある「不動産をホビーとして楽しむ」という主義に則った、新しい“宿業”の提案。そして「空知」ができるまでの紆余曲折のストーリーをうかがいました。
浅野川沿の主計町茶屋街。その並びに佇む「空知」(photo:Nik van der Giesen)
「空知」内観一部。格子越しに柔らかな光が差し込む(photo:Nik van der Giesen)
──室田さんは「空知」の前に、沖縄でも一棟貸切宿「irregular INN Nakijin」 (2019年6月オープン)をつくってますよね。そもそも不動産仲介業者である室田さんが、宿業を始めた理由から教えてもらえますか?
室田:はい。沖縄は妻の出身地で、毎年1-2回は帰省も兼ねて沖縄に行ってたんですね。で、これだけ沖縄に行っているなら、そろそろ拠点が欲しいなと。けど「別荘」みたいな形は嫌だったんです。まずそんなお金の余裕ないし、年に1-2回しか使わないから滞在初日は掃除して終わると聞くし。別荘って“負動産”って揶揄されるくらいお金が出ていくばかりで、良い手ではないなと。
東京R不動産のメンバーでもある室田啓介さん。今回は金沢R不動産の事務所がある新竪町でのインタビュー
室田:かたや不動産の世界では「空き家問題」をはじめ、別荘やリゾートマンションも相続の際に持て余されている状況があると。その中で「Airbnb」という概念が徐々に浸透してきたけれど、日本でできたAirbnbって、ワンルームの空間に無印やニトリの家具を置いた“一人暮らしを始めた学生の部屋”みたいなのばかりで、全然面白くないんですよね。
Airbnbが最初アメリカで広まった時は、アーティストのアトリエに間借りして住めたり、「個人の個性的な空間に泊まれる」ということが魅力的で、それはホテルのような空間とは本質的に違うから面白かったはずではなかったかと。
その時に「別荘を持つ代わりに、僕が暮らしたい宿を自分で経営して、自分も予約してその宿に泊まるってどうだろう?」って思いついたんですよね。
室田さんが2019年に沖縄でオープンさせた「irregular INN Nakijin」
「irregular INN Nakijin」の室内
室田:そしたら、収益も入ってくるし、ゲストが宿泊する度にプロのクリーニングが入るから、いつでも綺麗な状態が保てる。そして自分が宿泊する時にも、パリッとベットメイキングされているという。
──わぁ、、それは地味に嬉しい…!
室田:でしょ。まず試しに自分で一回やってみようと。そしてもしそれが成立するなら、今まで“負動産”と言われていたけれど「“別荘”を持つことで収益が生まれる」という新しい世界がつくれるんじゃないか、そう思ったんです。
それで沖縄の今帰仁村仲宗根(なじきそんなかそね)で2019年に宿をオープンさせました。半年かけて宿が軌道に乗ってきた時、コロナがやってきた。もちろんそれはそれで大変だったんですけど、コロナ禍でも黒字はギリギリ確保できていたんです。それは、予約がない限りは「オペレーションが発生しないこと」を宿作りのポイントにしていたから。
そしてコロナが明ければ、自ずと収益は増えていく。実際にやってみて「別荘を持つほどにお金持ちになる」という世界はあり得るし、「別荘の持ち方」もアップデートできる。その手応えがありました。
──「宿やゲストハウスを自分で運営している」という人はすでにたくさんいますが、そこと室田さんの活動との違いはどこだと思いますか?
室田:僕の場合は「自分の楽しみ」を兼ねているというか、もはやそれが第一義にあるところでしょうか。自分が「行きたい/通いたい」と思うエリアから宿をつくっているので、いわゆる「ゲストハウス運営」とはちょっとノリが違うというか。「ホビーとして不動産」を浸透させる活動を長年やってきているので、何をするにしてもまず「楽しさ」があるソリューションでありたいんですよね。
沖縄「irregular INN Nakijin」のキッチン
──では、沖縄に続いて、今度はなぜ「金沢」だったのでしょう?
室田:「ヘルツ」のメンバーであり、47都道府県はもちろん、世界中に仕事で行っている某音楽プロデューサーNさんの「日本で一番好きな街」が「主計町」だったから。「街に“ノイズ”がなくて、凛としている。気軽に入れるお店がないから、観光客はキョロキョロしているけれど、ちゃんと美味しい料亭やBarがある。そしてそれは住人の意識の高さゆえに成立している街なんだ」と僕に熱く語ってくれまして。
僕も金沢はすごく好きな街だったし、彼が言っていることはめちゃめちゃよくわかったんです。最初に宿を作った沖縄の村にも共通しているんですけれど「すごく魅力があるのに、その良さが世の中にまだバレていない」。このバランス感がたまらない。だからこそ主計町で宿をやりたいなと。
主計町の風景。左手に並ぶ町家の一つが「空知」(photo:Nik van der Giesen)
室田:もちろん主計町は「宿をやりたいんです」と言って、簡単にできるような街ではなくて。小津さんと参加させてもらった主計町の町内会でも、それまではすごく和やかに接してくださっていたのに「宿をやりたいんです」と言った途端に皆さんの顔色がガラッと変わって。「そういうことなら、別の話だ」と。
役所の人にも「法律面では問題ないけれど、『法律的にOKだから』という理由ではやらないでください。主計町は街の人の意識がすごく高い街だから、法律よりも上に住民感情があると思ってください」そんな話をされました。
主計町の裏道(photo:Nik van der Giesen)
室田:だからこそ僕らも誠心誠意、できる限りのことをしようと。住民説明会を2度開いて、町内会の会員全員にアンケートをとらせてもらいました。もちろん当初は宿への否定的な声もありました。
けれど、「僕らはここで観光客を呼び込んでどんちゃん騒ぎをしたいわけじゃない。むしろ僕らがやりたいのはその真逆のことなんです」と。「住民の皆さんの意識の高さゆえに守られているこの街の“品格”に惚れ込んで、僕らは宿をやりたいと思った。だから、“ちゃんとわかってくれるゲスト”を、“ちゃんとした単価”でお迎えします。『主計町』の名を、世界中の良い層にピンポイントで伝えていきたい。絶対に荒れさせませんし、この街では荒れようがありません!」と力説して。最終的には「今回の宿が完成したら、以後主計町では宿を作らせない」という条件とセットで認めていただくことができました。なので、この町で宿を開けるのは僕らが最後なんです。
室田:そういう意味でも、今回小津さんがメンバーにジョインしてくれたことはめちゃめちゃ大きかったです。この街のキーマンの一人である小津さんが、フロントマンとして街との折衝に入ってくれていなかったら、まず宿はできてなかったと思いますね。
──確かに。特に宿は地縁がないと難しいケースが多々ありますよね。その他にENNと一緒にプロジェクトを進めてよかったことなどはありますか?
室田:そうですね。僕は不動産仲介はかなりやってきてますが、いまだに「宿にまつわる法規」とか全然わかってないんです。もちろん不動産屋的な知識で「宿をやれる/やれない」くらいはわかるんですけど「木造三階建だと宿にするハードルが無茶苦茶高くなる」とか「階段掛け替えって自由にできないんだ」とか、建築的な知識の方はまるで足りてない。その辺は設計チームも有するENNさんが圧倒的に知識があるので助かりました。(「空知」のリノベーションはENNの設計チーム「enn architects」が担当しました)
ENNがリノベーションを担当した、旧井波町の宿
室田:あとは「町家の改修に長けている」というところ。僕らが東京でやっているのって、ほとんどがマンションのリノベーションなんですよ。だって東京に「町家」なんてもうほとんど残ってないんですもん。ジャンルが全然違うので、知識が及ばないとこだらけ。ENNさんは金沢らしい建物の扱いにも慣れているし、これまでに宿もいくつか手がけている。だから話がめちゃめちゃ早くて、すごく安心感がありました。何かの知識が欠けたまま進むと、プロジェクトの最後になって「そもそもが無理でした」なんてこともあり得るので。
さらに、今回僕らと一緒に「空知」のプロジェクトをやったことで、「不動産目線」でも「建築目線」でもない、「宿の経営者目線」とか「ゲスト目線」という視点が、ENNさんに新たにインストールされたと思うので、さらにいい感じになっていると思いますよ。ぜひ(笑)。
金沢R事務所前、新竪町商店街のアーチを背景にパチリ。また遊びにきてくださいね!
(取材:2024年4月)