column 2015.7.6
 
real local

金沢・町家暮らしのすすめ

 

北出健展さん・美由紀さん夫妻

北出健展さん美由紀さん夫妻。現在の事務所兼住居として使っている金沢市弥生の町家にて

「金沢に住むなら町家に住みたい」、そう思っている方も多いのでは。実際、金沢では家を建てるときに新築ではなく町家を購入する例が増えている。けれど、どうやって良い物件と巡り合うのか、補修の費用や補助金は、いかほど……などなど、わからないことが多いのもまた町家。

そこで今回は、東京と金沢に設計事務所を持ち、現在、絶賛町家改修中の北出夫妻に町家暮らしのポイントをうかがった。

北出健展さん(42)は、設計事務所「ジェル・アーキテクツ」を営む建築士で、美由紀さん(43)はインテリア雑誌の編集者。金沢にやってくる前は、神奈川県大磯町の古民家を自宅兼事務所として借りながら渋谷にもオフィスを構え、二拠点居住生活を送っていた。

大磯の古民家は借家だったため、「家を買って、一生を暮らす場所はどこがいいか」と自問自答したとき、選択肢として金沢が浮上したという。

「個人事業を営んでいる以上、仕事を得ていくためのカードは多い方がいい。だから東京のオフィスも手放すつもりはありませんでした。北陸新幹線が開通して金沢・東京間が近くなったことはもちろん、父の出身が関西ということもあり、金沢ならぐるっと大きな商圏が築けると考えたんです」と健展さん。

床の間には掛け軸と共にさりげなくドクダミの花が

昔ながらの箱階段が今もなお大切に使い継がれている

お茶を嗜む北出夫妻。町家の一角は茶道具の収納に

物件探しを始めて2人がまず驚いたのは、金沢に残る町家の潤沢さだった。

「こんなに町家が残っているのは日本では京都と金沢くらいではないでしょうか。昔からその土地にある町家には普遍性があるし、その場所の気候風土に合っている。また、不動産価値というのは償却資産で年々価値が下がっていきますから、町家だと土地の値段だけで、家がほぼタダでついてくるようなものも多いんです。改修にはある程度お金がかかるけれど、言うなれば町家は木と土と紙でできているわけですから、自分で手を加えることも可能です。コツコツ直せば改修費を削減することだってできます。だから町家は、家の購入を考える若い人にもおすすめなんです」

北出さん夫妻は購入した町家の解体を、「町家解体ワークショップ」として公開した

ここで、北出夫妻に理想の町家暮らしを手に入れるためのポイントをいくつか教えてもらった。

【その1】 町家を見極める目を養うこと。

「町家が潤沢に残る金沢と言えど、すごくきれいで今すぐ住めるという町家はそんなに多くはありません。なぜなら大概20~30年に1度はリノベーションしますから、トタンや壁で元の姿が見えなくなっている『隠れた町家』が実は多いのです。また、最初は好きな町家、嫌いな町家など決めつけず、とにかく町家を分け隔てなくいくつも見てみることが大切。そうすれば必ず自分がこれだと思う物件に出会えるはず」

【その2】 町家暮らしを体験してみること。

「可能であれば町家を購入する前にワンシーズン借りて住んでみてください。特に金沢は冬が厳しいので、寒さに備えた改修がどの程度必要なのか、自分たちはどんな風にしたいのかなどの要望も出てきます。さらに、金沢市内に点在する町家ゲストハウスをハシゴしてみるのもおすすめです。暖かく心地よいゲストハウスと、そうでないものとの差を知ることは、改修の参考になります。物件を探すときは何度も金沢に通うことになるので、宿泊費も安く済んで一石二鳥ですよ」

【その3】 その土地での暮らしを具体的にイメージすること。

「どんな仕事をして、どんなライフスタイルを送りたいのか具体的に想像できるかは大切。僕たちがこの物件を選んだのは、建物自体が気に入ったこともありますが、東山という立地も大きかった」(健展さん)

「夫が建築士をしているので、これから金沢で仕事をしていくうえでも、私たちの住む家自体が彼の仕事を伝えられるモデルハウスになればと考えたのです。ひがし茶屋街に近い東山なら人の目に触れる機会も多く、私も将来的にカフェを開きたいと考えているので、観光地と程良い距離にあることが大切でした」(美由紀さん)

美由紀さんは「まめやmi」という屋号で、豆をテーマとしたスイーツをつくり、イベントなどに出店している

【その4】 町家イベントに参加してみること。

「町家は建築基準法が施行される以前に建てられたものなので、通常は住宅ローンが組めないということを知っていましたか? 僕達の場合、地元の銀行には町家担当の方がいらっしゃって、町家でも通常の金額でローンが組めるよう手配していただいたのです。その担当さんはNPO法人金澤町家研究会が主催する「金澤町家巡遊」のセミナーで紹介してもらいました。このように、町家を賢く購入するには、その道のプロに案内してもらうことが一番の近道。金沢には親戚も知り合いもほとんどいなかったけれど、このイベントをきっかけに出会った人とのつながりが大きいですね」

2014年の「金澤町家巡遊」。こちらは「知られざる此花ツアー」というイベントの様子

取材後、「お時間はまだ大丈夫ですか?」と健展さんに尋ねられたのでうなずくと、「お茶でも一服召し上がっていってください」と美由紀さんがほほ笑んだ。かわいらしい生菓子が運ばれてきたかと思うと、健展さんが折り目正しい所作でお茶を点ててくださった。

取材に伺ったのは6月。紫陽花をかたどった生菓子をいただいた

金沢に引っ越してきてからも、北出夫妻は東京までお茶のお稽古に通っているそう

きめ細やかに点てられたお抹茶に、しばし忙しい日常を忘れてほっこり

現在改修している町家は来春完成予定。ブログ「金澤町家改修ものがたり」でもその工程が公開されている。そこには美由紀さんが営むカフェと、お茶室も設けられるそうだ。お茶室に使う柱や和紙は、産地まで足を運んで厳選するというこだわりっぷり。

「自分がこれだと思う町家が形になるまでは、時間も手間もかかりますが、それに十分見合うくらいの 楽しみが町家暮らしにはあると思いますよ」。そう話す2人の目は、まるで自由研究に没頭する少年少女のように輝いていた。

購入した町家の改修が完成するまでの間借りている町家の玄関の前で。玄関口に立つ立派な松も気に入っているそう

ジェル・アーキテクツ http://www.jell-architects.jp/index.html
金澤町家改修ものがたり http://jellarchit.exblog.jp/
まめやmi http://www.jell-architects.jp/mameya-mi.html

住所:石川県金沢市東山2-3-21
備考:
ジェル・アーキテクツ・金沢オフィスは2016年5月に東山の町家へ移転。
1階には豆をテーマにしたカフェ『豆月-まめづき』を併設。
小さい二畳のお茶室もあり、随時見学も可能。

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